ケメ子お嫁に行く偏


ケメ子はお嫁に行きます・・・金襴緞子の帯締めながら〜♪

お見合いでお嫁に行ったケメ子です

あの時代は好景気でした
主人の父の経営する仕事は波にのってましたね
従業員数○○人・・・

何も考えず・・ルンルン♪と新婚気分のケメ子でした☆
主人の帰りを・・美味しいものを作って待ち、掃除して〜可愛いエプロンをして
そんな新婚生活を夢見てたあの頃・・・・

しかし・・・・現実は厳しいものですね

別居でしたし、お手伝いさんも居てくれてましたので、手伝わなくてもいいよ〜と言われましたが、この性格・・・・手伝わずにいられるわけがありませんでした。

ひとつ手伝うと・・・またひとつ・・・それが認められてまたひとつ・・・
「手伝い」という文字は消えてしまい・・・

私は百貨店同様・・・全部「任される」状態になりました

朝・・・3時に起きる・・・・まだ朝とは呼べない・・・暗い・・・眠い・・・
星がまたたく空を眺めながら、炊事を始める・・・
星を見上げると何故か悲しくもないのに「涙」がでてしまう
エプロンで涙を拭きまた炊事をする
お米を研ぎながら・・・また涙が出る・・・

まだ子供だったんですね多分・・・親が恋しかったのかもしれませんね

30人分のお弁当を作り終える・・・・ホッ♪
そして皆が起きてくるころには「明るい笑顔の私」になる
テキパキと早送りのように家事をこなす
そうしないと間に合わない

多分・・このテキパキはケメ子時代の頃に身についたものだと思います
だから体は勝手に動きましたね

朝、従業員を送り出すのが午前5時半・・それからも山ほどの炊事洗濯
体が悲鳴をあげる
眠い・・・つらい・・・
しかし、自分が任されたことをやり通すことが百貨店で体にしみついていたお陰で助かりました
場所が「百貨店」から「のどかな田舎町」に変わっただけでした

でも、なんのこれしき〜と絶対☆めげなかったですね

だんだん・・・そのうちにこれも「しあわせ〜♪」と思えるようになっていった
自分に「向いてる」と思えるようになりました
これでいい♪と思えて幸せでしたね
百貨店でも今でも「人の世話をする」ことが好きな私には、これも向いてると思い始めました
これを別名「おせっかい」とも言うかな?

ここで暮らした何年間が私を大きく成長させたと思っています
どんな苦労も軽く感じるようになりましたね
乗り越えられたのも寛大であり、暖かい今は亡き義父の存在は大きかったと思います
この時の何年間を思い出すと今でも一番なつかしく「いい思い出」となって残っています

この歳にもなると「辛いなぁ〜」と思う出来事がたくさん出てきますね・・・
でも・・・どんな時でも「あ〜あ、あの頃に比べたら楽〜♪楽勝〜♪」
と思えて、なんでも乗り越えれますね☆

「苦労は金を払ってでも買え」・・・と昔の人は本当にによく言ったものだと思
います・・・49歳の私・・・しみじみ・・・・ 
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