典樹
 

12月の声が聞こえようとすると
姉の子の「典樹」を思い出す・・・・

「典樹」は6歳でこの世を去った
今、生きていれば25歳の素敵な青年になっている

そこらの俳優顔負けくらいの美男子で
私が抱っこして連れてあるくと
「きゃ〜可愛い〜ハーフ?」とよく聞かれたものです

その後に出てくる言葉は必ず「お父さん似?」と言われました
私とは似ても似つかない顔ですから当然です

「ハーフ」と言われるのは
心臓が悪いので
お目々も髪の毛も色素が薄く茶色だったからです

クリスマスが近くなると
典樹に「クリスマスプレゼントは何がいい?」と聞くと
「チョコレート」と言いました
典樹はチョコレートが大好きでした

生まれてから
心臓が悪く
左にある心臓も典樹は右についていました

入退院の繰り返しで
最後の半年くらいだけ
念願の幼稚園に入れてあげることが出来たのが唯一の慰めでした

長く歩いたり、ちょっと走っただけでも
「はぁはぁ・・・」と言い「おんぶ・・・」と言いました
他の子よりはるかに軽い典樹を「おんぶ」してあげると
年々軽くなってくる典樹に胸が痛みました

小児病棟に入院しても
他のお子さんは
「あれ〜嫌!これ嫌!早く帰りたい!」とワガママ言ってても
典樹は姉を困らせたくないと思ってか・・・・
「嫌」とも言いもせず
大好きなミニカーの「チョロQ」でいつも遊んでいました

手術の日・・・・
「泣いたらアカンよ」と姉が言い聞かせていたので
泣きもせず手術室へ運ばれる時には
ベットの上で頬づえをついて「バイバイ」をしました
手術室のドアが冷たい音をたてて「バタン!」と閉まった途端に
私と姉は涙が「ドッ」とあふれ二人で肩をふるわせて大泣きしました

それが典樹の生きてる姿を見る最後になりました
手術は失敗しました

こうなるなら・・・・
「泣いたらアカンよ・・」と言い聞かせなかったら良かった・・・
姉は後々まで悔やみ
「もっとワガママを言わせてあげたら良かった・・・」と衰弱しました
姉が典樹の後を追いやしないか・・・と私は心配でなりませんでした
しばらく姉も私も「宙に浮いてるような生活」を送りました
「自分の心が何処にあるのか・・・悔やんでも悔やみきれない」ような状態の日々・・・

今・・・テレビを見ても新聞を見ても
「いじめ」による「自殺」・・・子の「虐待」が報じられてるのが辛い

「来年、小学生になるねん〜♪」と楽しみにしてた典樹は
とても・・・死にたくなかったんだと思います
ピカピカの黒い新しいランドセルを背負うのをとても楽しみしていました

どんなことがあっても自分で命を絶ってはいけないと思うんですよね

典樹のように・・・生きたくても生きれない人もいるのですから

いじめられた人も辛いでしょうが命を絶つ選択は間違っていますよ
残された家族がこれから
ず〜と・・・苦しんで生きていかなければいけないのです
「生きてるのに死んでるような状態」で生きていなかければいけないのです

絶対「死ぬ」と言う選択を選ばず、身近な人に心を開いて話してみて下さい

天国から「典樹」もそう言ってると思います

死ぬということは
もう・・・二度と会えない・・・ということなんですから・・・・


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            明蘭